2017年9月10日日曜日

日本/世界銀行 共同大学院奨学金制度日本人向け特別枠

海外大学院留学に役立つ情報について書き記しておきたいと思います。日本政府と世界銀行が共同で、大学院奨学金制度日本人向け特別枠を設けてくれています。これは開発経済学などを学び、将来、発展途上国のために働くことを目的とする人のための奨学金です。

2016年12月に世界銀行東京事務所のEニュースでこの奨学金の存在を知りました。年明けに3人の推薦人に推薦してくれるようお願いし、推薦状のドラフトを作成しました。それから僕自身の出願理由書を作成し、2017年2月に日本政府と世界銀行の共同連絡先に出願を行いました。

待つこと半年弱、2017年7月に世界銀行から受諾通知が来ました。嬉しかったです。奨学金は第2セメスターからの授業料に加え、生活費・医療保険も一部補助してくれます。予想以上にキャンベラの物価が高いため、この奨学金は本を購入したり、生活水準の向上のために有効に使おうと思っています。

そうそう、この奨学金の年齢制限は45歳までなんです。アラフォーの僕にとってはこれしかない、という奨学金制度です。また、オーストラリアではANUだけが対象大学院でした。ANU Crawford School で学ぶ後輩にも利用してもらいたい制度です。2018年の募集要項を添付しておきますね。<http://www.worldbank.org/en/programs/scholarships#4>

2017年9月9日土曜日

中国人民抗日戦争記念館

5年前の2012年12月に中国・北京へひとり旅に出たときのことです。日本が第二次世界大戦を引き起こすきっかけのひとつである盧溝橋事件の現場を訪れることにしました。盧溝橋自体は北京郊外に今もある橋です。ついでに橋の袂にある中国人民抗日戦争記念館<http://www.1937china.com/jp_web/>に入ることにしました。

記念館は人まばらでしたが、館内の資料を見るにつれ、僕は唖然としました。日本軍が行ったとされる殺人・強姦の写真やビデオ、新聞記事を多く見ました。特に、無数の遺体の上に無造作に放置された、強姦され、殺され、仰向けの全裸で女性器に槍を刺されたままの少女の遺体の写真に釘付けになりました。しばらくの間、込み上げる嗚咽と共に考えました。日本では、中国国内の戦時中の写真やビデオは中国共産党のでっち上げだという論評を聞くことが少なくありません。けれども、中国がここまで事実を捏造する必要性がありません。これは日本軍の仕業だと残念ながら考えるに至らざるを得ませんでした。

当時の僕は、日本は戦後処理を国際法上はほとんど終えていると考えていましたし、中国人や韓国人の反日感情にピンとこないこともあったのです。しかし、この記念館を訪れて、中国や韓国の人々の気持ちが少しわかる気がしました。中国の人々の日中戦争に対する見方を垣間見ることになったからです。もしかしたら、日本軍のなかにも一般市民の殺人・強姦を行わなかった部隊もあるかもしれません。しかし、少なくとも一部の部隊が中国一般市民の殺人・強姦を行ったことは避けがたい事実だと僕は思います。

記念館の最後に、第二次世界大戦の反ファシズム勝利を祝うための、世界中の国旗を飾ったコーナーがあります。でも、どこを見渡しても日本の国旗はないんです。ショックでした。自分の歴史認識の甘さに気づきました。世界には日本・日本人を嫌いな人もいるのです。

日本に帰国後、行きつけのカウンターバーでお店の大将とこの話をしていたら、横に座っていた他のお客さんに「何を言ってんだ!中国共産党の陰謀に決まってるだろ!騙されるな!」などと怒られました。その方は中国でビジネスを展開していると話していました。僕は黙るしかありませんでした。僕は、歴史というものは様々な角度から観ることが重要だと思います。


中国人民抗日戦争記念館
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靖國神社と千鳥ケ淵戦没者御苑

2017年9月5日火曜日

靖國神社と千鳥ケ淵戦没者御苑

突然ですが、靖國神社と千鳥ケ淵戦没者御苑の両方を訪れたご経験はありますか? 僕は2014年4月上旬の桜咲くある日、両方にお参りしました。靖國と千鳥ケ淵はとても近いんですよね。徒歩10〜15分程度だったと記憶しています。当時のケネディ米大使の千鳥ケ淵参拝をきっかけに、双方はどう違うんだろうと改めて疑問に思い、自分の目で確かめることにしました。

先に靖國神社に行きました。靖國神社はあくまで神社であるという印象と、菊の紋章(天皇および皇室の印)が目立つなぁという感じを持ちました。正直、第二次世界大戦の戦没者を慰霊するために、どうして日本の政治家が靖國神社にお参りするのかピンときませんでした。天皇家にゆかりが深く、歴史ある神社ということに大きな意味があるのでしょうか?

昼食を挟んで、次に千鳥ケ淵戦没者御苑を訪れました。ああ、ここは戦争で亡くなった方々を慰霊するための場所だ、と僕はすぐに感じました。亡くなった方々のために心からお祈りしました。漂う雰囲気が違うんです、神社とは。靖國神社より千鳥ケ淵戦没者御苑の方が、第二次世界大戦の戦没者の慰霊にふさわしい場所だと思いました。

機会があれば、ぜひ御自身で両方を訪れてみてください。僕は左翼でも右翼でもありません。普通の日本人の一人です。今となっては、日本の総理大臣やその他大臣が誰のために靖國神社に行くのか、行こうとするのか、僕にはわかりません。千鳥ケ淵に参拝先を変更したら、日本国内で暴動が起こるのでしょうか? 右翼に抹殺されてしまうのでしょうか? 後者の可能性を否定しきれないところが残念です。

千鳥ケ淵戦没者御苑
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2017年9月3日日曜日

日本人であるということ

今日は少し重たいテーマに挑戦してみたいと思います。昨年4月に日本を出国して、約1年半の間、米国・豪州で暮らしてきました。その海外生活の感触として、日本人であるということはメリットが大きいと感じています。これを僕なりに解釈すると、20世紀初頭から1945年までの欧米列強との戦争、第二次世界大戦後の経済復興・成長、そして海外で働く日本人の真摯な姿勢のおかげだと思います。

1902年の日英同盟、1904年の日露戦争から第二次世界大戦の間、日本は欧米列強と対等に戦いました。日本による他のアジア諸国への侵略行為が許される訳ではありませんが、日本は欧米すなわち白人社会と極めて対等に戦った白人以外の人種の唯一の国なのです。日本人が本気になったら非常に怖く手強い存在であるという印象は白人を含めて世界中の多くの人が持っていると思います。

また、第二次世界大戦後の経済復興・成長も日本人に対する高い評価の原因のひとつです。戦後の焼け野原からGDP世界第2位にまで上り詰めました。日本が経済成長しただけでなく、戦後の成長モデルとなってアジア経済を支援・牽引しました。「アジアの奇跡」は日本から始まったことに異論のある人は少ないと思います。

そして、日本人の個人としての真摯な姿勢に好感を持っている人が少なからずいます。日本・日本人を好きだという人に数多く会ってきました。確かにエコノミックアニマルと言われ、アジア諸国で買春を行った馬鹿な日本人もいると思いますが、基本的には日本人は真面目で誠実に働くという印象を世界中の多くの人々が持っています。これは、特に日本人ビジネスパーソンの勤勉さの積み重ねの結果でしょう。

要するに、日本人は世界中の人々から一目置かれている存在なのです。僕は会社を辞め、単なる学生となっているにも関わらず、これらのことを実感しています。つまり、日本の国籍を持つということは、それだけでステイタスだとも言えるでしょう。我々の先輩が築いてきたこのステイタスを維持し、さらに発展させることを意識しておくことは、日本人として海外で行動する際のひとつの指針になるのではないかと思います。


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2017年9月1日金曜日

日本の終戦記念日と東南アジア諸国の独立記念日

今日で第2セメスターの前半6週間が終わりました。明日からティーチングブレイクです。名前のとおり、先生がレクチャーを休むだけで、学生の休みではありません。とはいえ、少しホッとできるというのも事実です。少しブログを再開したいと思います。クラスメイトにインドネシア出身が多いため、8月17日がインドネシアの独立記念日であることを知りました。ご承知のとおり、8月15日は日本の終戦記念日なので、アッと思い、東南アジア諸国の独立記念日を調べることにしました。結果は以下のとおりです。

           独立記念日      独立直前の支配国
インドネシア     1945年8月17日    オランダ
カンボジア      1953年11月9日    フランス
シンガポール     1965年8月9日      マレーシア
タイ            −       (植民地化されず)
フィリピン      1898年6月12日    スペイン
ブルネイ       1984年2月23日    イギリス
ベトナム       1945年9月2日      日本
マレーシア      1957年8月31日    イギリス
ミャンマー      1948年1月4日      イギリス
ラオス        1953年10月22日     フランス
(ASEAN10か国50音順)


このように並べてみると、インドネシアとベトナムの2か国の独立記念日が直接的に日本の終戦記念日の直後であることがわかります。タイとフィリピンの独立は第二次世界大戦とは無関係です。それ以外の国は第二次世界大戦が終わって数年から数十年経ってからの独立となります。

日本の終戦記念日の直後に東南アジア諸国の独立記念日が多くあるのではないか?という僕の仮説はやや外れたことになります。もちろん、この結果によって、日本の第二次世界大戦での侵略行為を正当化しようとするものでは全くありません。逆に、かろうじて植民地化を免れたタイや少し意味合いの異なりそうなシンガポールを含めて、すべての東南アジア諸国が欧米や日本による植民地化という屈辱的な目に合っていることの意味を改めて考えさせられます。

東南アジア諸国からのクラスメイトは総じて日本に友好的な感じがしますが、まだ本音トークはしたことがありません。機会があれば、独立や第二次世界大戦の話を聞いてみたいと思います。


ASEAN旗
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